VSトヨタ自動車東日本 11-4 勝: 第85回都市対抗野球第二次予選東北大会: 5月31日: 福島信夫ヶ丘球場: vs郡山イーストジャパンクラブ17-0 7回コールド勝: 第85回都市対抗野球第二次予選東北大会: 5月30日: 郡山開成山野球場: vs自衛隊青森 23-0 7回コールド勝 都市対抗野球大会(としたいこうやきゅうたいかい、the Intercity Baseball Tournament)は、毎年夏に行われる社会人野球のトーナメント大会である。「都市対抗野球」、また単に「都市対抗」ともいう。, 1927年(昭和2年)に第1回大会が行われた歴史の古い野球のトーナメントである。1941年の中止、1943年から1945年には戦争による大会中断もあった。, 第1回の行われる前は日本にプロ野球は存在しておらず、東京六大学をはじめとする学生野球を頂点としていたが、東京日日新聞(現在の毎日新聞社の前身)の新聞記者であった橋戸信が、早大野球部時代に行ったアメリカ遠征で、メジャー・リーグが地元に根ざしたフランチャイズ制を採用しているのにヒントを得て、日本の各都市を代表するチームを競わせる大会を作ってはどうだろうかと発案。約1年かけて全国の有力クラブチームの関係者に説得を行い、1927年に、学卒者たちによる全国的な野球大会が開かれることとなった。これが都市対抗野球の始まりである。, このような経緯もあり、社会人野球日本選手権大会と並ぶ社会人野球の二大タイトルとなった現在においても、「都市名・チーム名」という独特の表記がなされており、出場チームは、その所在都市を代表する意味で都市長または町長の推薦状を提出するほか、ユニフォームの右袖に都市町章を貼付することになっている。このほかにも「補強選手制度」をはじめ、「地域の代表」としてアマチュア野球日本一の座を争う大会となっている。各地の社会人・クラブチームが繰り広げる熱戦、独自の制度である「補強制度」、郷土色豊かな応援合戦などに根強いファンが多い。, 第1回の経緯もあり、毎日新聞社が東京日日新聞時代から続けて主催を続けている。第20回大会(1949年)には日本社会人野球協会(現・日本野球連盟)が発足し、毎日新聞社との共催となった。また、毎日新聞社系列のスポーツ紙であるスポーツニッポン新聞社が後援しているほか、第84回大会(2013年)からは「都市を代表するチーム同士の大会により地域振興がはかられている」との理由で総務省が後援に名を連ねている。, 2017年現在、全国大会の開催時期は7月下旬となっている。これに先立ち、1次予選が概ね4月から5月、2次予選が5月から6月に各地区ごとに行われる。, 2001年までは原則として7月下旬-8月上旬の夏休みの初めに開催され、「真夏の球宴」という異名が知られていた。例外として、第51回(1980年)はIBAFワールドカップの開催に伴い11月開催、第63回(1992年)と第67回(1996年)は、夏季オリンピック(当時硬式野球が公式種目とされていた)と平年の開催日が重なってしまうという理由で、8月下旬ないし9月上旬に延期されている。, 第73回大会(2002年)から8月下旬-9月上旬の開催に変更された。従前の開催期間においては、全国高等学校野球選手権地方大会が同時に開催されているなど、メディアへの露出が少なかったことから約1か月繰り下げたもの。しかし、9月には小中学生の新学期が始まるなど、結果的に動員増につながったかどうかは未知数であった。また、甲子園予選との兼ね合いから都市対抗予選が5月から6月にかけて行われる一方、本戦が8月下旬に開幕することから、本戦までの間隔が長すぎるという指摘がなされていた。, 2011年2月、日本野球連盟により2012年度の大会から再び7月の開催に戻す方針が決まった。主催者・毎日新聞の記事[3]によると、これは社会人硬式野球の大会日程が2003年以後1か月以上も延長されたことで、「選手が社業に関わる時間が減ることで職場とのかい離が進む恐れがある」事や、国際大会(アジア野球選手権大会、アジア競技大会、IBAFワールドカップ[注釈 2]、IBAFインターコンチネンタルカップ[注釈 3]他)と日本選手権の日程が重複するケースも多いため、大会日程を見直すべきだという意見があったため。, このため社会人硬式野球の日程を10月末までに終わらせられるように見直すという観点から、2大大会や日本選手権に付随するJABA大会の日程見直しを目指すことにし、都市対抗の開催を2002年以来続けた8月下旬-9月初めの開催を見直して、ほぼ過去と同じ7月中-下旬の開催に戻す方向で調整することになり、第83回大会(2012年)は7月13日の開幕が発表された。, 後述の通り、2011年の第82回大会は東日本大震災の影響により10月開催となったが、2012年の第83回大会は当初の予定通り7月に行われ、翌年以降も同時期の開催となっている。, なお、2020年の第91回大会は東京オリンピックが開催されるのに伴い、開催期間を11月22日~12月3日に変更する予定。これと入れ替わりで、日本選手権は7月に行うこととされたが、新型コロナウイルス感染拡大の問題で、日本選手権は中止となった。, 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の影響を受け、電力事情を考慮する形で主催者の日本野球連盟は3月25日の協議で、8月26日からの第82回大会の開催を秋に延期し、東京ドームでの開催を見合わせると同時に、10月29日から開催する予定だった「第38回日本選手権大会」の単独開催を取り止めとし、会期を10月22日からに前倒しのうえで、本年度に限り都市対抗を日本選手権を兼ねた大会(ただし日本選手権としての回数にはカウントせず)として行い、優勝チームを日本選手権者とすることを決めた[4]。日本選手権と都市対抗が兼務となるのは日本選手権が単独大会となる前の1972年以来である。, その後、この第82回大会は関東以外では史上初めて、同10月22日から11日間にわたり、京セラドーム大阪で行うことが発表された[5][注釈 4]。この大会の優勝チーム・JR東日本硬式野球部に対しての優勝表彰状には「本年度の社会人野球日本一と認定致します」という件があった[6]。, トーナメント方式で、予選で用いられることのある敗者復活戦は行われない。第17回大会(1946年)から第38回大会(1967年)までは準決勝敗退チーム同士による3位決定戦が行われていたが、現在では行われていない。, 1日に3、4試合行うこともあることから、2003年からタイブレーク制度が定められている。導入当初の要件は以下の2点をいずれも満たすこと。, この条件を満たしてなお同点の場合、新しいイニングに入るときには、一死満塁の状態から攻撃を開始する。そのイニングの先頭打者は、前の攻撃イニング最終打者の次打者。一塁走者は前の攻撃イニング最終打者、二塁走者は一塁走者の前の打順の打者、三塁走者は二塁走者の前の打順の打者が入る。この場合、あらかじめ置かれた走者が生還したとき、打点及び得点は記録されるが、投手に自責点は記録されない。また、タイブレークの1イニングは記録上3分の2回とされる。, この制度において、2003年から2008年までの間に、実際に適用された試合は第76回大会1回戦の七十七銀行対デュプロ戦(延長14回からタイブレークに入り、延長15回の末、七十七銀行 9x-8 デュプロ)の1試合のみであった。, 2009年の第80回大会からは、試合時間に関係なく、延長11回からタイブレークを適用することとした(ただし準決勝以後は従前に同じ)。第80回大会では4試合、第81回大会では5試合にタイブレークが適用された。, 2011年の第82回大会からは、試合時間に関係なく、延長12回から選択打順によるタイブレークを適用することとした。12回の打順は、12回の攻撃前に監督が開始打者を指定し、13回以降は前回からの継続打順となる。, なお、準決勝の2試合及び決勝戦では、このタイブレーク制度は2016年より試合時間が5時間超過で適用することになっている。, 2018年の第89回大会からは、WBSCの基準に合わせるため、これまでの「打順選択、1死満塁から」から「継続打順、無死一、二塁から」に変更された。, 大会に出場するには各地区の予選を勝ち抜く必要がある。地区は適宜見直しが行われており、第89回大会においても地区割りが変更された。現行の地区割りと出場チーム数は次のとおりとなっている。(括弧内は本戦出場チーム数), これに加え、前年大会優勝チームは主催者推薦として予選免除されて出場する[注釈 5]。, 本戦に出場するチームは基本的にそのチームのホームタウンとなる市町村代表として出場するためマスコミではチーム名の後に括弧くくりでその市町村名を併記している。但し主催新聞社の毎日新聞だけ逆で市町村名を優先してチーム名を括弧くくりとしている。また東京特別区(東京23区)については、ホームタウンの特別区名ではなく一律「東京都代表」として扱われる。また、複数の都市を拠点とするチーム(JFE西日本チーム、三菱重工神戸・高砂など)が出場した場合、特例で「複数都市の代表」扱いとなる。, 上記のとおり、12の地区において予選が行われる。ほとんどの地区では本戦出場を決めるための予選に出場するため、事前に単独または複数の都道府県を単位とする1次予選を行い、これを通過したチームのみ予選参加資格を与えている。1次予選と対比する意味で、本戦出場をかけて行われる予選を2次予選と呼ぶ。, 2次予選での次点による敗退チーム間による広域地区予選(関東地区および近畿地区)が行われていたが、第83回大会から予選が変更され、次点チームにより行われるさらなる予選は実施されなくなった。, 2次予選の形式は地区連盟が定めることができ、トーナメントやリーグ戦が用いられる。以下説明するのは第91回大会予選において各地区で採用された形式である。, 2次予選に出場するチームを決定するために行われる予選であり、原則として1県を1地区として上位1~数チームに2次予選出場権を与える。所属チーム数が少ない県においては、隣県にまたがった地区において合同の1次予選を行うこともある(例:岡山・鳥取・島根)。また、1県による1次予選を突破したチームに隣県との合同1次予選出場権を与える場合もある(例:静岡1次予選・愛知1次予選・三重1次予選の上位チームに静岡・愛知・三重合同1次予選の出場権を付与)。この場合に行われる合同1次予選は他の1次予選と同等に扱われる。, 1次予選には各都道府県連盟に所属する企業チームは参加しない(免除される)ことが決して少なくない。これは、実力差が著しいことから企業チームに1次予選の免除特権を与え、同時にクラブチームに実戦機会を多く与えることが目的である。一部の県では企業チームとクラブチームの交流を図るため、企業チームに1次予選からの出場を求めるものもあるが、ほとんどの試合では圧倒的な大差がつく。なお、企業チームが1次予選に出場する場合、準決勝・決勝から登場するなどスーパーシードとなる[注釈 6]、あるいは企業チームのみ別枠で2次予選(出場は確定している)の代表順位を決定するために試合を行うところもある[注釈 7]。, 「補強選手制度」は都市対抗野球独特のシステムで、各地区代表のチームが同地区の地方予選で敗退したチームから大会限定で、最大3名まで選手をレンタルすることができる制度である。場合によっては、地区予選で敗退したチームメイトが本大会でそれぞれ違うチームのユニフォームを着て対戦するケースもある。なお、前年度優勝チームは本大会に推薦出場することができる代わりに、補強選手制度を使用することはできない(ただし、推薦を辞退し地区予選に参加して本大会出場を決めれば、補強選手制度を使用することが可能であり、過去にはそのような事例もある(後述))。, 各チームが「都市代表≒地区代表」として出場している所以であり、出場チームにとっては自らのチーム弱点を補うというメリットがある[注釈 8]一方で、補強選手によりチームの陣容が変わるため、ある意味では賭けともなる。また、選手にとっては、10年連続で自分の所属しているチームが本戦に出場することはきわめて困難であり、コンスタントに補強選手に選ばれることが10年連続出場表彰(後述)に不可欠である。, 公認野球規則1・11(a)(1)により、同一チームの選手は同一のユニフォームを着用することが義務付けられているため、本大会出場チームは補強選手のユニフォームを用意することとなる。多くの場合で補強選手に与えられる背番号は自チームの選手が使う番号(おおむね1桁から20番台)よりも大きな30番台であるが、自チームの選手が使用する背番号に空き番号がある場合、補強選手が空き番号をつけることもある。また、場合によっては補強先チームでベンチ入り登録から漏れた選手がつけていた背番号をつけることもある。補強選手は本戦開幕日の2週間前の日からチームに合流する。その間に公式戦が行われた場合、大会主催者の判断で補強選手が合流先チームの一員として試合に出場することも可能である。, 同地区内での補強が行われるため、ライバルチームに補強されるケースが多くなるが、補強に選出された選手はこれを拒むことができないとされている[注釈 9]。, なお、補強選手を選ぶことは出場チームの義務ではなく、補強選手制度を使わない、あるいは1~2名のみ補強するというケースも珍しくない。最近では企業チームの減少が進み、有力チームの大半が本戦に出場することから補強選手を選ぶことができず、結果として本戦に補強なしで挑まざるを得ないチームが続出している。また、クラブチーム所属の選手は仕事の融通も難しく選出しづらい事情もある。そのため第81回大会(2010年)から1チームの補強選手の上限が引き下げられた(後述)。, その後、所属チームの休部、解散等によって、以前補強選手として招集されたチームに移籍するケースもある。, 第73回大会(2002年)から、ファンの要望を受けて公開で行われるようになった(会場は年によって異なる)。, 地区ごとに代表が出場すること、同一企業から複数のチームが出場する可能性があること等から、次のように組み合わせ抽選が行われる。, 2001年から贈られるようになった副賞。都市対抗野球大会優勝チームの証として、ユニフォームの袖に黒獅子をあしらったエンブレムをつけて次年度の大会閉幕までプレーすることが認められる。相当の栄誉として受け止められるものであるが、初代エンブレムチームとなった河合楽器は優勝直後に休部を発表、2002年に優勝したいすゞ自動車もその年限りでの休部が決まっていた。また、2003年の優勝チームである三菱ふそう川崎も2004年シーズン序盤から本社不祥事により活動を自粛していたことから、2004年(第75回大会)に優勝した王子製紙が初めて「エンブレムをつけて1年間プレーしたチーム」となった(なお、優勝チームのエンブレム付きのユニフォームは野球体育博物館に所蔵され、入館者が見学することができる)。, 第85回大会より[9]、完封して勝利投手になった選手と、ホームランを打った選手にそれぞれ記念品として森永乳業の「ビヒダスヨーグルト」が贈呈される。, 上記のとおり、華やかな応援合戦も都市対抗野球の見所となっているが、これをさらに後押ししているのが、毎日新聞社主催、スポーツニッポン後援の「応援団コンクール」である。大会期間中、東京ドーム一・三塁側の客席最前列に応援団用の特設ステージが設えられており、郷土芸能やチアリーディング・チアダンスなどのパフォーマンスが行われている。, 応援団コンクールは、大きく1回戦の試合を対象に行う「前期賞」「後期賞」(1回戦出場32チームの試合日程順に最初の8試合=16チームを前期賞、その後の8試合を後期賞とする)、並びに大会全試合を通しての「期間賞」の3つで構成・表彰されてきたが、第83回大会(2012年)から、1回戦全16試合を対象とする「ファーストステージ」の各賞と全大会を通じての「期間賞」に再編された。, これにより、通常同時期の日本選手権で行う複数会場の1回戦の分割開催も行わないことになった。当初、分割開催は2012年に改めて行う予定だったが、それ以後も京セラドーム大阪単独開催となり、事実上2010年で分割開催は廃止された。(よって、2011年が初開催となるはずの、高松、北九州の開催も持ち越されたままになっている), ただしこの場合、予選を経由していないことから地区代表としての位置づけはなく、したがって補強選手も得られない。, 開幕日のおよそ1か月前に特定試合シード選定会議が開かれ、ここで特定試合シードとなるチーム並びに試合日程が選定される。, 同一企業内からの出場はもちろん、チームの来歴から他チームと同系列とみられる場合も同一企業内チームとして取り扱われる(企業チームがクラブチーム化してから本大会に出場した場合など)。, フィリピン野球の父と呼ばれ、アジア野球連盟会長も務めたチャールズ・パーソンをたたえるカップ。2015年大会開会式で日本野球連盟に返還され、, 日本社会人野球協会第4代会長の本田弘敏をたたえるメダル。優勝チームには金メダル、準優勝チームには銀メダルが贈呈される。, ただし、2011年は東日本大震災の影響により、JR東日本東北の主将が務めることとなった。, 国際大会のPR及びオリンピックにおける野球・ソフトボール競技採用に向けたアピール。, 36チーム参加による日程の都合で初日から3試合開催であるのと、翌8月22日の第2日が4試合開催であるため、通常の3試合開催日から1時間早く開催された関係(, GAORA→J SPORTS・TCNの中継では決勝戦の途中で応援席レポートが入ることがあり、その場合はNHK製作の映像に差し替える。, 一方でプロ野球は日程変更により日本選手権シリーズと都市対抗野球の開催時期が重複したため、東京ドームを本拠地とする読売ジャイアンツが進出した場合は代替地として京セラドーム大阪で日本選手権シリーズを開催することに決定した。, https://archive.is/20120724013220/http://mainichi.jp/select/news/20120602k0000e040177000c.html?inb=fa, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=都市対抗野球大会&oldid=80242603, 同一地区に複数の代表チームがある場合は、第1代表チームが選抜を終えたのちに第2代表チームが選抜を行っていく。すなわち、優秀な選手は上位出場チームの補強選手となることが多いことから、予選での勝ちあがり順位も本戦での上位進出のかぎとなる。, 1次予選で敗退したチームから選手を選抜することも可能(近年はほとんど行われていない)。, まず32チームのトーナメントの「やぐら」を作り、左から1番、2番…31番、32番と番号を振る。次に1番から8番までをAブロック、9番から16番までをBブロック、17番から24番までをCブロック、25番から32番までをDブロックとする。, 地区を「奇数」(1回戦では一塁側ベンチ)、「偶数」(同三塁側ベンチ)に分け、同一地区のチームが1回戦で対戦することがないようにする。奇数・偶数を決めるのは各地区第1代表チームの代表者(マネージャーがくじを引くことが多い)がくじを引いていく。代表数の多い東海地区から順に奇数・偶数を決めていき、どちらかの枠が16チームになった時点で終了し、くじを引いていない地区は空いている方に振り分けられる。, 大会事務局が指定したチームを「特定試合シード」として、初戦をあらかじめ指定した試合日・試合数(第○試合)に割り振る, これらが終わると、残りのチームのうち奇数に割り振られた地区のチームの代表者がブロック分け抽選を行う。, 32チームがやぐらに割り振られた後で、次の2点に着目した確認が行われ、場合によってはベンチサイドの交換が行われる。, 特定シードチームが連続して試合が行われる場合、同一のベンチを使わないようにする(スムーズな観客入れ替えが困難になるため)。, これらの関係もあり、1回戦(5・10回区切りの記念大会の時は1、2回戦)は必ずしもトーナメント表の左側(上側)から順に開催するとは限らない。, 記念大会で出場チームが32チームを超えるとき、増枠された地区の最後の代表枠のチーム(第85回大会の場合は、東京第4代表と、東海第7代表)が自動的に1回戦に割り当てられる。, 出場チーム数及び総試合数により異なるが、32チーム・31試合となる年は、原則として1日目に1回戦1試合、2日目から6日目まで1回戦3試合ずつ、7日目と8日目は2回戦3試合ずつ、9日目は2回戦2試合と準々決勝1試合、10日目は準々決勝3試合、11日目は準決勝2試合、12日目に決勝戦を行う。, 年度によりこの大会終了後に行われる国外での国際招待試合出場権が与えられる場合がある。, 1996年以前は前年度の大会で優勝したチームは、次年度の大会は推薦枠、即ち予選を免除して自動的に全国大会にコマを進められるシード枠で参加・かつ開幕戦での試合をする権利が与えられたが、補強選手制度が適用できない単独チームでの出場となるため、補強制度を使える他のチームと比べると戦力がやや劣る面も否めなかったことから、なかなか連覇を達成することが出来なかったともいわれている。1975年に前年優勝の白老町・大昭和製紙北海道が決勝に進出したが、惜敗。, 1997年からこの前年度優勝チームに対する推薦出場制度は廃止され、他のチーム同様予選を勝ち上がらないと東京ドームの舞台に立てない事になっていた。しかし前述のとおり、2006年度の第77回大会から事実上の推薦出場制度の代りとして、前回優勝チームの所属地域の出場枠を1チーム増やす制度が取り入れられることになり、2010年まで継続した。, 1回戦16試合を対象として「ファーストステージ」が設けられ、最優秀に当たる「トップ賞」、以下優秀賞、敢闘賞が1チームずつ選ばれる。, 大会期間31試合を対象とした「期間賞」として最優秀賞、優秀賞、敢闘賞がそれぞれ1チームずつ選ばれる。期間賞の表彰は最終日試合終了後の表彰・閉会式で行われる。, また上記各賞に入選しなかったチームの中から、特に創意・工夫を凝らしたチームについても特別賞や努力賞が贈賞される場合がある。, さらに選手の10年連続出場と同様に、10年連続出場の男子応援団員、5年連続出場の女子チアリーダーに対する表彰制度がある。, 通常の試合では一・三塁側の応援席(最前列に応援ステージあり)の1階席とバルコニー席の中間の仕切に「(ホームタウンの自治体名)代表(チーム名)」(例:「にかほ市代表・TDK」「大阪市代表・日本生命」)または「(ホームタウンの自治体名)(チーム名)」(例:「川崎市・TOSHIBA」)の横断, かつては公式ガイドブックに掲載されることがあったが、現在もテレビ中継では各チームの初戦でプロフィール等が紹介されるほか, 開会式は、大会初日の開幕試合前に行われる。出場全チームの入場行進が行われ、前年度優勝チームから持ちまわり賞品(優勝旗等)の返還、, 1回戦(各チーム初戦)の始球式では、各チームが選んだ者が始球式を行う。よって、2人同時に投球を行うこととなる。多くはチーム本社の役員や本拠地としている自治体の首長やミスコンテストのグランプリがマウンドに上るが、出場チームが指導している少年野球チームの選手などが務めることもある。ホームベース脇に2枚のプレートが置かれ、マウンド脇から球審の合図で2投手が対戦相手チームの1番打者に向かって投球する。, 準決勝・決勝の始球式には、著名人や社会人野球OBが登場する。第82回大会以降の投球者は次のとおり。, なお、GAORAでは準決勝までの生放送中は、前の試合終了後から次の試合開始までの間は時間が空くため、, 2014年以降はこのほかに『都市対抗野球大会ダイジェスト』を、大会期間中の深夜帯に毎日放送する。番組制作は, 上記各テレビ局の中継もTCNが製作・配給した中継映像を使用する。GAORA→J SPORTSはTCNの解説者がそのまま出演。NHKの解説者は自局で用い実況アナウンスを差し替えている。, 以前はスコアテロップもTCNで使ったものをそのまま放送していたが、現在はNHK側でテロップを表示, TCNではGAORA→J SPORTSも配信しており、同じ内容を独自放送チャンネル・GAORA→J SPORTSで重複放送, 2017年の準決勝と決勝は、主音声ではJ SPORTSのオリジナル版(決勝戦実況・, 北海道ではHBCラジオ、STVラジオで北海道のチームが登場する試合を中継していた。.