これは「衝撃の年収」という新聞の見出しに違和感を持ったからで、河合さんの主題とは関係ないコメントです。■本題に戻りますと、「京大の教授ならもっともらうべきで、給料が安いから有能な人材が、私大や民間に流れる」という主張は、間違いだと思います。学問は、給料が安くても構わない、という人がやるべきで、「給料が高ければ大学で研究するんだけど安いから辞めた」というような人は、そもそも、学者には向きません。(生活に困るほど安いのは駄目ですよ。)■河合さんの仰る通り、研究費の問題は、全く別です。, 「給与=仕事の価値、人間の価値」でないこと、日本で良く用いられるロジックですね。正論であり正面切って反論しにくいのですが、会社が社員を低賃金でこき使う時にも使用できる便利な言葉であることも理解された上で、文章を書いていらっしゃることを望みます。ちなみにJB Pressの『いつの間にかアジアの「安い国」になっていた日本 米国の最低賃金が15ドルに!なぜ日本では賃金が上がらないのか』を併せ読むことをおすすめします。, この記事の意見は、学問をしている人は滅私奉公しろということだ。 大学の先生は、この世の中にない価値を作り出している人で、そういう人が尊敬されなければ、日本の発展はない。 資本主義社会の日本では、収入によってある程度人の価値が判断される以上、大学の先生が満足できる程度の収入を保障すべきなのは当然だと思う。 一般的な収入と比較したり、「事業を興せばよい」というのは、根本的に役割を取り違えている。, 公務員である国立大学教授の給与を上げるための財源を、賛成派の皆さんはどう考えているのだろうか?消費税増税、福祉削減、防衛費削減、などなど、考えられるが。それにしても、市役所とか県庁とかの一介の公務員が「給料上げろ」と実名で、ネット上でぶち上げたら、無茶苦茶問題になるだろうが、国立大学教授ならば許されるらしい。国立大学教授とは、なんと結構な身分なのであろう。, 今回は河合さんに全く同意できない。なぜ職によって大金を手にしてはいけないのか。昭和の”お金は汚い”が根強く残っている世代というのもあるだろうが、お金は人を客観的に評価する指標の1つだ。だから、給料が高い職業には人が集まる。つまり、才能が集まるということだ。お金はなくてもいいから好きなことをやりたいなんていうのは極少数の人だけ。なぜ国立大学教授がお金を手にしてはいけないのかもっときちんとした理由を述べて欲しい。河合さんの理論で言うと、テレビタレントも多くの人に夢を与えてしかるべきだから年収は一般人と同じでもいい、となるはずだが。, 様々な意味でそれぞれの角度でコメントされています。いつもながら文章の構成力とまとめる「力」に感心しています。自身に省みても、不安や恐れよりも勇気にシフトできる気持ちのよい記事でした。 ありがとうございます。, 職業に貴賤はないという新渡戸稲造をひきながら、「京大教授がこんなことを訴えるのは、、、」というのは、論理的に破綻しているのでは?「給料が少ない」と発言したことの根拠がおかしい、というのはわかるが、それは、発言全体の揚げ足取りでしかないと思う(そこが本音なのかもしれないが)。, 940万を全部自分のものにできるなら高いと思うけど、研究費が年12.5万で残りは持ち出しだったら辛すぎです。, ▼ わたしの中では、野球の落合選手でしたかね、多額の報酬を貰えてこそ後進に夢を与えるんだ、と最初に言ったのは。ただ、まだ若輩者なので、それよりも前にそういうことを述べた人はいるかもしれません。▼ 確かに彼はその年棒に相応しい活躍をされましたし、仰ることにも一理ありますが、物事は功罪相半ばすることが世の常で、世間の目は「多額の報酬」だけに向けられてしまいました。その結果、自分の(市場)価値の対価としての報酬ではなく、報酬の高さが自分の価値を作る、という考えを持つ人が増えてしまいました。もう一つ、自分の市場価値をレビューせず、自己判断で高く見積る人も増えました。▼ 堀江氏の言う、「お金は他人の役に立った対価として支払われるもの」は全くの正論だと思います。今回取り上げられてる彼女に問いたい、あなたは何故大学教授になったのか、と。貴方が考えるほど大学教授の給与は安くないですよ。iRONNAのアンケートでもそう出てるじゃないですか。今のままでいたい、けど報酬が安いというなら、ご自身の学術分野で本を執筆して、世に自身の価値を問うてみてはどうですか? それで社会の中の自身の立ち位置がある程度見えてくると思いますよ。▼ 人間は千差万別、別に彼女の振る舞いが他の教授陣に迷惑とは思いませんが、ご自身が京大教授という地位に多大な価値を認めていらっしゃるなら、報酬を高めるのではなく価値を高める方に尽力されては如何。ちなみに自分のプライドを必死に守ろうとすればするほど、ご自身の価値(というか評価)が下がってゆくことをお忘れ無く。, ・今回の河合先生がおっしゃった、新渡戸稲造の「学者か、豆腐屋か、本当に悩んだ」という言葉は、本当に響きました。・今回のコラムで取り上げた某国立大の先生は対極の先生で、こんな先生に教わらなくてよかったと本当に思います。, 研究費の集め方や組織のありかたならいくらでも改変するべきことがあるかと思います。年収を優先するなら私大へいくか弁護士になるか…それは個人で選択すればいいですから。それにしても、たいした年収ではない私ですら、自分よりも収入が低い人に持ち物や生活水準をやっかまれるご時世です。お給料を公開するなんてちょっとナイーブですね。ご自身の同級生やご近所さんがもっとお給料をもらっていてフェアじゃない!くらいの感覚なのかもしれませんが、世間は思ったより広いですよ…と申し上げたいところです。, 今回の記事は、共感しました。私も、結与明細書見て、へっ?と思っていましたから。この違和感を代弁して頂きました。, 大学院博士課程まで進んで、またときには留学までして、何とか助手、講師の薄給で働くことができるようになるのが30歳前後。教授になって50歳代でこの程度ですか(笑)割に合わない職業ですねえ。優秀ならば高給で雇ってくれる民間に下るか、海外の研究機関に行きましょう。青色LEDの中村修二氏たちのように。それができないのならば、文句は言わないこと。, 940万は京大教授の年収としては、絶対に安すぎると思います。学問・研究の軽視の現れでしょうか。, 河合さんの意見に深く同意します。また、裁判で争った論点以外で論ずるなら、額の多少を愚痴るのではなく、給与の約1/3が税金となっている点を論ずるべきかと。 あと、新渡戸稲造の言葉ですが、新渡戸が豆腐屋になり、このような発言をしたとしても後世には全く残らなかったであろう点も学生に指摘してあげて下さい。 つまり周りの評価に一喜一憂するようでは仕事が出来ないということです。, 研究には金が必要。そして研究者にも金はいろんな意味で充分な額だけ必要。これだけ取れば誰にも異論は無かろう。その金額と獲得手段について話し出せば、各論総出となるのは避けようがない。でも、バカとか決めつける態度には問題あるかと思う。だって、いくら金稼ぐのが簡単だって言い張っても、逮捕されて刑務所暮らしせざるを得ないようなことする方がバカだと思うし、その刑務所の運営経費も税金なんだよね。結局反省もしていないバカな罪人に飯を食わすために税金払うのはみんな嫌だと思うよ。と言うブーメランが返ってくることは必至だね。, 給与の不当な減額問題と、仕事と報酬の在り方をごっちゃにしたのは良くなかったかもしれないが、金が欲しければ自分で稼げ。と言う理論も正論ではあるから給与の支払者に働きかけて増額させようと訴訟と言う手段に「働きかける」のも教授の自由である。その額を見て少ないと思う人もいればもらい過ぎだと言う人もそれぞれいるだろう。同時にこれを契機に建設的に議論を提起しようと言うのであれば、著者の言うように給与の額の妥当性や、研究費の少なさや、研究者の研究費獲得の難しさと言うような目先の現実問題より、仕事の価値を教職者が先に論ぜよと言う理想論を振りかざすのは都合がよすぎる気もする, 天下りした元「高給官僚」が、「学生時代には自分より成績の悪かった者が、民間企業へ行き高収入を得ている。自分が、退職後、実働なしで高収入を得てその差額を埋めるのは当然で、後ろめたさはない。」と嘯いていたのを、昔、TVで見たことがあります。 もちろん、こういうお考えの人ばかりとは思いませんが、極端な「勉強馬鹿」の思考回路はこういうものかと驚きました。, 「育児との両立に理解が無い職場なら、独立して自営業になればいい」「北欧では~フランスでは~こんなにシングルマザーに手厚く~男女共同参画が~日本に比べて~と言うのなら、日本を出て移住すればいい」こう言い換えるとどう思います?河合さん相変わらずダブルスタンダードですよね。まさしく「日本への反感を【女性の社会進出】や【育児支援】に置き換えている」ように感じます。, いくら京大の教授職と言っても内容はピンキリですから報酬の多寡は一概に論じられません。法学部と違って法科大学院は授業の規模や時間数に応じた拘束度合いが違うでしょうし、弁護士などと副業自由の場合もあります。医学部だって臨床教授は外部の専門病院の医師でその分野の講義しかしないから報酬は微々たるもの、とかの例も。私は定年間近ですが、仕事のやり甲斐は報酬によって決まるのではないとつくづく思います。勿論、報酬が他人からの評価のバロメーターとして低い評価に納得がいかないということもあるでしょうが、仕事と自分の関係に他人の存在を介在させることが間違いなのです。妻はバイオ関係の研究職、企業経営職の私と比べ報酬は半分ですが、何一つ不満を聞かされることもありませんし、仕事に打ち込む姿がうらやましいです。世界が違えばお互いに比べ合うことは無意味ですらある、それが仕事の原点だと思います。, 「京大教授逆ギレ!『賃下げされた日本死ね』www」ってとこかな。ほりえもんの言う通り、文句があるなら出てけばいいという簡単な話ですよね。国立大での報酬に文句があるなら私立に行けばいい。都会の保育園不足に文句があるなら田舎に行けばいい。集団的自衛権に文句があるならスイスかコスタリカに行けばいい。文句があるから私がココを変えてやろう、という気概なんか世の中には必要ありません。「苦労してんのはあんただけじゃないよ。あんたはまだ恵まれてる方だよ。みんな文句一つ言わず頑張ってるんだから。」 仰るとおり!, 東大法学部卒、京大教授、という自分の年収が940万円というのが、安過ぎるので、ご不満?ならば転職すればよろしい。多くのポスドク、不安定な雇用の研究者が、もっと低い年収でいいから、安定したポストが欲しいと願っているのだから、彼らに職を譲って欲しいわ。京大教授という安定した身分は、努力の結果とは言え、今はローリスク。ローリスクにはローリターン、ハイリスクにはハイリターン、です。, 「非常勤ごときに何がわかる!」といわれたら、「所詮大学にへばりついているだけの教授程度に何がわかる!」と言い返すだけです。940万円もらってて足りないというのであれば、300万円台の年収の人はどうすればいいか教授として説明してください。, 45歳京大教授で1000万が安いのかなぁ。よく公開されてる大学教授の平均年収からするそんなもんでしょとしかいえない。一昔前の上場企業でいえば、45歳だと課長級、早い人間はそろそろ部長級になるころ(最近は世知辛いから違がうが…)。年収的にはまあ似たり寄ったりか少ないでしょうか。「京大」の「教授」だからもっと欲しいということですかね。まあどうでもいいですが。そんなことより、本文よりもなにより気になったのが、「一般企業の30代と変わらないじゃないか」というコメント紹介。どこの一般企業なのでしょうか。羨ましいかぎりで、このコメントしか印象に残ってないです。, こんなことをやっている国立大学教員がいるとは知りませんでした。同業者としての内輪の嘆きとしては、国立大学の教員の給与は高くないとは思います。昔話ですがバブル期の国立大学の教員の初任給(講師の場合)は学部卒で就職した学生のそれの4分の3程度でした。ただ、時間に縛られずに勤務できて、個室を与えられて仕事をし、学会と称して国内外を旅行し、・・という賃金に現れない待遇、職務を考えれば、税金からいただく給与が1000万円近くもあれば文句は言えないでしょうね。年金も出るし。ホリエモン氏の言うとおり、より高い収入を求めたいならそうすれば良いわけです。ま、大学教員の多くは、事業を興したりスーパーマンのようなビジネスマンになる才能の無い人たちだと思いますので、それは無理でしょうが。, その年収を、大学生の学費削減に回せば良いのでは?今や、国立大学の学費は私大並みに高騰しています。年に100万円の学費に苦しむ大学生たちが大学教授の年収を押し上げているとすれば、冗談じゃありません。お金の回し方が間違っていると言わざるを得ません。, 私は必ずしもこの教授の姿勢に賛同はしないが、河合さんの意見には断固反対する。尊い仕事。価値のある仕事。そういったものに対する河合さんの意見は正論だが、日本では最早それは行き過ぎている。尊い仕事をしているんだから報酬はいらないだろう、というの声が聞こえそうなくらい。これをもう一歩進めると、ブラック企業の出来上がりだ。働かせてもらっているのだからありがたく思え、と。こういう空気の中で正論を述べても、それはブラックな方へ向かうのを加速するだけだ。価値には対価を。対価がカネしかないとは言わないが、しかし、まさにここまで述べてきたように、それ以外の対価を支払う社会ではない。, さすがノーベル賞を受賞する学者と違って、知的好奇心よりもっと金よこせですか、痴的好奇心の類だな。さぞや素晴らしい研究をなさっていることでしょう。, この記事自体、明らかにミスリーディング。高山教授の趣旨は「東日本大震災復興財源確保のために必要だとして60数万円の賃金を一方的にカットされたが、嘘だったから返してほしい」というもので、あくまで賃金カットの不当性を主張しているのであって、年収に対する不満を述べたものではない。仮に、その60数万が最初から差し引かれた年収が880万であっても、「一方的にカット」されていなければ、教授はこの訴訟を起こしていない。河合氏はそれを「ご自身の賃金を不服とし、裁判を起こすことについては私がとやかくいうことではない」と、まるで賃上げ闘争のような文脈にすりかえている。河合氏が意図的にそうしているというよりも、単なる理解不足か、或いは日頃から大学教授をそういう目(大した仕事をしている訳でも無いのに給料が高い!という物取り視点)で見ているのだろうなということが滲み出てしまった、大変残念な記事だと思う。, 「賃金への不満」と切っておられるが、これは「今の給与が高い・低い」という話ではなく賃金決定のプロセス・理由に問題があるという意味での訴訟(高山教授個人の訴訟ではない)。高山教授自身も「私の給与明細の公開は、給与の引上げを求めて行われたものではありません」と明確に書かれている。それには触れず、仕事の価値観の話にすりかえるのは我田引水でしょう。ましてや高山教授が「人の役に立つ価値ある仕事」をしていないならともかく、裁判への意見書(例:堀江氏の裁判)はまさにそうした仕事の一つではないでしょうか。, 賃金の要求をする者に対し、仕事への高邁さの不足を唱える精神論に置き換える語り口は、ブラック企業のそれと同種のレトリックのようであまり同意出来ない見解です。大学教授だって労働者ですよね。日本の労働者は賃金についてものを言わなすぎるので、むしろこういう「教育者とあろう者が」「十分多いじゃないか」といった世間の反発も想定される中、もの申したこと自体は天晴。世間的に歓迎すべき事と思います。(件の教授の働きと給与がみあっているかの問題はひとまずそのあとの話です。)あと、法学者のことはあまり存じ上げませんが、恐らく多くの学者の方のモチベーションの第一は社会貢献ではまずないでしょうね。対象領域への純粋な知的興味。その個人的興味が運が良ければ社会の役に立つこともある、くらいの。あまり高邁さや結果を求めすぎるのも学問というものにはそぐわないと思います。, 上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場…, 日経ビジネス電子版のコメント機能やフォロー機能はリゾームによって提供されています。.

これは京都大学の教授の正真正銘の給与明細である。 公開したのは、京都大学大学院法学研究科教授の高山佳奈子氏(2013年、45歳時の給与)。 2014年7月1日 (火)(ブログの日付より)、一方的な賃下げを強行した大学側を相手取って京都大学職員が起こした賃金訴訟(2016年3月23 2020年11月11日20時17分. 京都大学で10月開かれた、縄で人を縛ることをテーマにしたシンポジウムで、着物姿の女性を縛る様子を実演し、動画をインターネットで配信していましたが、大学は内容に不快感を示す意見が寄せられたことから、公開を取りやめました。 「何言ってんだこいつ。バカか」。自らの給与明細をブログに公開した京大法科大学院教授の高山佳奈子氏に対し、元ライブドア社長で実業家のホリエモンこと、堀江貴文氏のツイートが物議を醸した。, 堀江氏は、自身のツイッターで「給料に不満があるなら大学教授を辞めて、事業を起こせば良い。お金は他人の役に立った対価として支払われるものだから」との持論を展開し、「国立大学教授の給料は、もっと安くても良いと私は考えます。こんな奴に税金使われてると思ったら腹立つね」とコメント。このやりとりは一部のネットメディアでも報じられた。, ネット上では、堀江氏の発言について「これは正論だな」「税金にたかるなよ、大学教授は」と擁護する意見も目立ったが、一方で「給料安く感じるのは価値観で決まる」「国民みんなが起業できるわけではない」「こんなの公表したら逆効果では…」などとさまざまな意見が飛び交った。(iRONNA編集部), 本日、数名の知人から、堀江貴文氏が私について「バカか」とコメントしていることについて懸念するお知らせをいただきました。詳細がわかりませんが、こちらの記事に書かれていることのようです。, とする意見書を最高裁判所に提出しています。弁護団の推薦によるものではありますが、私が意見書を提出することについてご本人は了承された旨、うかがっております。, つまり堀江氏は、ご自身の刑事裁判で最高裁判所への意見書の提出を依頼した相手を「バカか」と評したのです。, 自身が刑事裁判の当事者になる機会は珍しいです。そして、堀江氏の記憶力が悪いということはないはずです。それにもかかわらず、人物の同一性に気付かなかったということは、学術研究のあり方や大学の最新の状況といった問題について堀江氏が特別に詳しい知見や問題意識を持っていたわけではないことを示しているように推測します。, 当該ツイートは、必ずしも周到な事実関係の確認や検討に基づいたものではない、カジュアルな書き込みだったのではないでしょうか。, そうだとすると、このこと(いわば「うっかりミス」)について堀江氏を非難するのは生産的でないと思います。, それよりも、これを機に、従来ほとんど知られていなかったことが判明した、2004年以降の国立大学の状況や、学術研究における国際競争について、広く社会の関心を集めることが望ましいと考えます。, 何しろ、大学法人を相手に裁判を起こしてもほとんど報道されてきませんでしたので、良いチャンスです。, これをそのまま鵜呑みにしている方がいらっしゃいますが、この記事は、あくまで執筆者の評価を述べたものであって、堀江氏の見解を正しく伝えるものでもありませんし、私の立場についても誤解を与えるおそれのある部分を含んでいます。, たとえば、記事の中には堀江氏が「学者というものは理屈をこねくり回しているだけの頭でっかちな連中で実際に行動を起こして社会を良くすることができない」と考えているとする記述がありますが、これは堀江氏自身の言葉ではないのではないでしょうか。「 」付きだと引用と紛らわしくなるように思います。, また、記事のタイトルは「給与明細を公開して年収アップを要求」となっていますが、私の給与明細の公開は、給与の引上げを求めて行われたものではありません。私のブログ中の賃金訴訟に関する記事を確認していただければわかりますが、給与明細の公開は、賃金訴訟の過程で行われたものです。(高山佳奈子ブログ.